大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和27年(う)921号 判決

控訴人 被告人佐々木末雄の原審弁護人

弁護人 高橋義次 外一名

検察官 野中光治関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人高橋義次同古家幸吉共同の控訴趣意は別紙記載のとおりであつて、要するに、本件の起訴状には被告人の貸金業等の取締に関する法律第五条違反の事実として「被告人は法定の除外事由なく且大蔵大臣に所定の届出をしないで昭和二十四年十二月二十九日頃より昭和二十五年五月三日頃迄の間八回に亘り東京都港区芝西久保巴町九十八番地自宅に於て杉山清之助外六名に対し合計九十四万円を月五分乃至一割二分の利息を得て貸付け以て貸金業を営んだものである」と記載されてあるが、右の記載では数個の行為の中の唯の一回の行為すら日時、金額等によつて具体的に明らかにされていないし、また右のような具体性を欠く記載では犯罪構成要件の一たる行為の営業性が具体的に明示されたものともいい難いから、結局本件記訴状は罪となるべき事実を特定して訴因を明示したものとはいえず無効なものであるのに、原判決がこれに基き有罪の言渡をしたのは不法に公訴を受理したものにほかならない、というのである。

そこで、当裁判所のこれに対する判断を示すのに、まず本件で問題となつている貸金業等の取締に関する法律第五条違反の罪の構成要件は「貸金業者でないのに貸金業を行つた」ということである。そして、その「貸金業」とは、何らの名義をもつてするを問わず、金銭の貸付又は貸借の媒介をする行為を業として行うものをいう(同法第二条第一項)とされているのであるから、この罪の実体は個々の貸付又は媒介の行為だといわなければならない。しかしながら、ここに注意を要するのは、右の罪が講学上集合犯と呼ばれるものの一種で、その行為が数個あつても構成要件の性質上それらの行為は包括して一罪をなすにすぎないということである。いいかえれば、この場合、たとえ行為は数個であつても、それが起訴されるときには合してたゞ一個の訴因をなすということである。ところで、刑事訴訟法第二百五十六条第三項は、「訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。」と規定している。従つて、できる限り具体的な事実の表示によつて訴因を他の訴因とまぎれることのないように特定することが起訴状の記載方法として要求されていることはいうまでもない。しかし、これを本件にあてはめてみると、前述のように被告人の行つたといわれる数個の行為は、そのそれぞれが各別の訴因を構成するものではなく、合して一の訴因をなすのであるから、起訴状の記載としては、これらが全体として他の事実と混同することのないように特定されていなければならないと同時に、この程度において特定されていれば足りるとすべきであつて、論旨のいうように一罪の一部をなすにすぎないその個々の行為の少くとも一をさらに具体的に特定しなければならないというようなことは根拠を欠く議論だといわなければならない。そして、本件の起訴状は、一罪をなす数行為の行われた期間をその始期及び終期をもつて具体的に特定し、なおその回数・場所・相手方の一人の氏名及び合計人数・貸付合計金額・利息の大要等をも表示しているのであるから、少くともその訴因全体についてはこれを他と識別しうる程度に特定がなされたものと認めることができる。なるほど被告人側の防禦の立場からいえば、さらにその内容をなす個々の行為がより具体的に明示されていた方が便宜であるから、検察官としてはその点までも起訴状に記載した方が親切だとはいえるであろう。しかし、本件起訴状の記載の程度をもつてしても刑事訴訟法第二百五十六条第三項の要求は満たしていると解しなければならないので、これをもつて本件起訴状が違法のものであり無効であるとはいえない。のみならず、検察官は原審第二回公判期日において証拠調手続に先だち個個の貸付行為の内容を被告人及び弁護人の面前で釈明しているのであるから、被告人側として実質的に防禦に支障を来したともいえないのである。従つてこの点に関する論旨は採用することができない。

次に、本件の罪の構成要件が貸付等の行為を業として行つたということ、いいかえればその「業として」ということが構成要件の一部をなすことは所論のとおりである。また、起訴状に記載せらるべき訴因が単に構成要件上の法的概念をそのまま敷き写しにするというようなものではなく、本来事実の記載でなければならぬことも論旨のいうとおりであろう。これをここで問題となつている「業として」という概念についていうと、「業として」とは「反覆継続の意思をもつて」ということであるから、起訴状にかような文言が明示されていれば恐らく問題のなかつたところである。ところが、本件起訴状にはかような記載はない。しかし、そこには被告人が短期間内に八回にわたり七名の者に対してそれぞれ月五分ないし一割五分の利息を得て金員を貸し付けたことが記載されているのであつて、この記載自体と、その末尾の「以て貸金業を営んだものである。」との文言とを併せて読めば、被告人が反覆継続の意思をもつて金銭の貸付をしたという趣旨が間接に表示されていると認めることができる。そして、かくのごとき間接の表示方法をもつてしても、いやしくもその趣旨が通常人に理解せられうるものである限り、起訴状の記載として不適法であるとはいえないから、行為が業としてなされたことに関してその記載が不備であるとする所論もまたこれを採ることができない。

以上説明したとおり、本件控訴趣意は結局理由がないので、刑事訴訟法第三百九十六条に従い本件控訴を棄却することとし主文のとおり判決する。

(裁判長判事 大塚今比古 判事 山田要治 判事 中野次雄)

控訴趣意

原判決は刑事訴訟法第三三八条に違反する。本件起訴状は訴因の特定なく法二五六条に違背し、無効なものであるにかゝわらず原審は違法に公訴を受理し審判したものである。起訴状は以下二点に於て訴因の特定がない。

第一に起訴状によれば、(イ)被告人は昭和廿四年十二月廿九日頃から昭和廿五年五月三日頃迄の間に八回に亘り金銭の貸付行為をしたこと。(ロ)貸付の相手方は杉山清之助外六名であること。(ハ)貸付金額は合計九拾四万円、利子は月五分乃至一割二分であること。(ニ)場所は港区芝西久保巴町の被告の自宅であること。(ホ)被告人は法定の除外事由なく且大蔵大臣に所定の届出をしなかつたこと、等が表示されている。

併しこれらを綜合して見ると犯罪の日時については八回の貸付行為の中少くも一回は昭和廿四年十二月廿九日頃又一回は同廿五年五月三日頃に行はれたことは察知されるが、この両日の貸付の相手方は誰であるかは判らない。相手方として表示されている唯一人杉山清之助に対する貸付の日時、金額等は判らない。勿論その外六名とは誰であるかは全然判らない。斯様に起訴状を綜合的に判断してみてもこれでは貸付行為の中の唯の一回の行為でさえも具体的に明らかにされていないのである。本件犯罪が縦令包括一罪であつて各個の行為を逐一分明にする必要のない種類のものであるとしても数個の行為の中唯の一回の行為さえも明らかにされていない起訴状では法二五六条の要求する訴因を特定したと言い得ない。具体的事実を以て公訴事実を特定し訴訟の客体を明らかにして以て被告人に防禦の方法を容易ならしめんとするのが訴因制度の本旨である、本件起訴状の如く数個の行為の中の唯の一回の行為さえも明らかにされていない様な記載を以てしては被告人は到底防禦の術を施し得ないのである。

第二に本件犯罪は貸金を業としてなすに因つて成立する犯罪で所謂営業犯である。営業犯は犯罪の構成要件の性質上同種の行為の反覆を予想し一括して一罪として取扱うもので行為の「営業性」がその犯罪の特別構成要件をなすものである。営業性は一般に行為の反覆継続性によつてのみ認定せらるべきものでなく唯一回の行為の目的が顕著であつた場合とか、その方法が営業的であつた場合には営業犯の成立を来さしめてもよい。併しその事が行為の営業性が構成要件である事を否定する意味ではない。行為の営業性が構成要件である限り、その営業性を起訴状の中に訴因として明示しなければならぬ事は当然である。しかもそれは具体的事実を以て明示しなければならぬのである。蓋し訴因は犯罪構成要件に該当する具体的事実であるからである。被告人の防禦は一にかゝつて、この営業性の否定に集中するものであるからこの営業性が具体的事実を以て特定されていない限り防禦のすべがない。行為の営業性は営業の目的が顕著であると云うが如き主観的要素により、或は又行為が反覆的継続的に行はれたとか貸付方法等の客観的要素により明かにされるものである。本件起訴状は営業性を行為の反覆、継続性により明示せんとしている。併しその記載は「昭和廿四年十二月廿九日頃より昭和廿五年五月三日頃迄の間八回に亘り……杉山清之助外六名に対し合計九拾四万円を月五分乃至一割二分の利息を得て貸付け以て貸金業を営んだ」と云うが如く単に抽象的にその反覆性を記載しているのみで何ら具体的事実を以て反覆継続の事実を示しその営業性を明かにしていない。若し反覆継続の事実によつて構成要件たる行為の営業性を明らかにせんとするならば(イ)何月何日に誰々に何円、(ロ)何月何日に誰々に何円と云うように――少くもその継続反覆性の認識出来得る程度に――具体的、例挙的に示すのでなければ訴因を特定したとは言はれない。斯く本件起訴状は本罪の構成要件たる行為の営業性を具体的事実を以て明らかにしなかつたと言う点においても亦訴因の特定なき違法なものである。

以上の二点に関し原審に於て弁護人はその審理に先立ち公訴棄却を申立てたのであるが、原判決は、第一の点につき本件犯罪は数個の行為が単一の構成要件に該当するものであるからこれを総体的に把握して訴因を特定すれば足り各個の行為について逐一分明する必要はない。各個の行為について逐一日時、場所、相手方及貸付金額等の貸付内容を明示することがないから訴因の特定がないと云う弁護人の主張は――併し弁護人はそのような主張をしたのではないが――本件犯罪が単一の事実であることを理解しない独自の見解であるとして排斥せられたのである。併しながら弁護人は各個の貸付行為について逐一日時、場所、相手方及金額等を記載しなければならぬなどと主張したのではない。起訴状を綜合して見ても数個の行為の中の唯の一回の行為さえも特定されていないような記載では法二五六条に謂う訴因を特定したとは云はれないと主張したのである。原判決は弁護人の主張を誤解せられて判示されているもののようである。

又第二の点につき、原判示は本件犯罪が営業犯であつて行為の営業性が構成要件であることは認めるが併し行為の営業性と云う事はその行為の中に自ら備はつた社会的性質乃至価値に外ならず、その事を離れた別個の事柄ではなく況んやこれを認定すべき根拠のような事柄ではないのであるから営業性の存在を明示すれば足り、犯罪構成要件に属することのない営業性認定の根拠のようなものを特定する必要はないとせられるのである。犯罪構成要件と云うは抽象的な法律上の観念であつて原判示の観念せられる「営業性認定の根拠のようなもの」が構成要件に属さないことは敢て申す迄の事もない。訴因と構成要件とは全く区別されるべきもので一方は事実であり、他方は観念である。営業性なる構成要件が或一定の具体的事実によつて明示されることが必要であり、そしてこそ訴因が特定されたと云うのである。構成要件にあてはまる具体的な事実があり、之を起訴状に示す事が訴因の特定と云う事であらう、本件について云へば営業性なる構成要件に当てはまる行為の継続反覆と云う具体的事実――原判示は之を「構成要件に属する事のない営業性認定の根拠のようなもの」と観念せられているようであるが――を明示する事が訴因の特定なのである。若し原判示の如く営業性の存在を明示すれば足りると云うが如きを以てすれば法二五六条の「できる限り日時、場所、及方法を以て罪となるべき事実を特定し」て訴因を明示しなければならないと謂う訴因制度の趣旨が根本的に没却せしめられざるを得ない。本罪につき行為の営業性を構成要件として認めながらその訴因である具体的事実を目して「営業性認定の根拠のようなもの」と観念し、それは構成要件に属しないから――当然のことであるから――唯営業性の存在を明示すれば足り訴因の特定に欠くるところはないと謂う原判示は洵に矛盾撞着と云はねばならない。又行為の営業性と云うことが行為の中に自ら備はつた社会的性質乃至価値である事は極めて当然の事であつて敢て原判決の申すべくもない事である。元来犯罪行為と云うものは社会的に評価せられた価値乃至性質であつて特に行為の営業性と云うことに限つてそうなのではない。詐欺罪における欺罔と云う行為も又同じく行為の社会的性質である。その場合唯「相手方を欺罔して」と云う如き起訴状では訴因が特定されたとは云い得ない、原判示の如くならば欺罔行為の存在を明示すれば足り例へば「他人の物であるにかゝわらず自己のものであると欺罔して之を売り」と云うような欺罔行為認定の根拠のようなものは訴因として特定するの要はないと云う結論とはならぬか。

貴裁判所判例の屡々示す通り訴因とは構成要件に該当する具体的事実である。従つて原判示の「営業性認定の根拠」のようなものと観念せられるものが即ち訴因であると解するのである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例